ベトナム珍道中記 其の壱 サイゴンはもうたくさんです。

もうかなり以前のことになるので記憶も薄れかかってはいるが、何とか思い出そう。覚えているのは、この時も山のような仕事を同僚に押し付け、決して携帯電話に緊急コールの来ない(仮に来てもどうしようもない)国外脱出を企てたことくらいか。


行先は学生の時に一度訪ねて、その食事の美味さに感動しブリブリに太って帰ってしまった、あの国だ。





安い航空券を求めたら、台湾経由になってしまった。距離的にも最短距離になるので極めて合理的なルートではあるが、この旅行のずっと後に中華航空那覇空港で炎上したのを見てからは決して中華航空は乗るまいと決めた。したがって、最初で最後の台湾経由だ。この後のアジア旅行はすべて那覇から関西空港もしくは成田空港の経由となった。





ベトナムのタンソンニャット空港に到着。





外に出ると、ベトナム独特の熱気が体を包む。多くの旅行者たちがどのようにして街に出ようかと思案していた。


さてこの後とても不快な出来事があった。書き残さないでおこうかとも思ったが、誰かの参考にもなるかもしれないので書き残しておく。


空港から街に出るためには、基本的にバスかタクシーになる。鉄道は走っておらず、徒歩は厳しい。というわけで、バスとタクシー乗り場を探したがいまいちよくわからず。タクシー乗り場は何とか見つけたが、結構な人が乗車待ちをしていたので、しばし途方に暮れた。


事前情報では、白タクが空港にも入り込んでおり法外な値段を吹っかけてくるので、タクシーに乗る前にメーターの有無は必ず確認しろとのことだった。そうでなくてもバスでの移動がよかったのだが、これが見つからなかった。なんて空港だ。ここからサイゴンの悪印象が始まったといっても過言ではないな。


しばらくうろうろしていたらタクシーの客引きに声をかけられた。こっちはすいてるぜぇ、みたいな感じで。メーターを見せてくれ、というと、オッケーさあご覧、白タクじゃないぞ。安心して乗って行け、というので、タクシーで行くことにした。


宿は特に決めていなかったので、とりあえず前に宿泊したことのあるファングーラオ通りに行ってもらうことにした。ファングーラオはバックパッカーの町で安宿も多く、また安い食堂や屋台もたくさんある。とりあえずここに行けばなんとかなるだろうと考えた。


というわけで、しばし車窓の風景を楽しんでいると目的地に着いた。支払いの段になり、メーターの値段が予想していたよりもずっと高いことに気が付いた。「うわーやられたー」というのが正直な気持ちだった。日本円にしてみれば大した料金ではないのだろうが、こういうのはほんまに心にぐっさりとくる。


というわけで、しばし運転手とやり合う。物価が上昇しているにしても上がりすぎだろ。明らかに相場と違うぞ、と主張するも、てめえの会社はこれでやっている、メーターも付けているしちゃんと営業許可ももらっている。なんなら出ること出てやるぞ。まずはてめえの会社に行こうか、といわれぐうの音もです。情けないことだがこちらが折れることにした。


もしやてめえらが単なる難癖をつけていたのだろうか、と思い、あとでもう一度調べてみたがやはりぼられていた。最悪なサイゴンの始まり。もう二度と来ねえぞと固く誓った。国際親善のためにも明らかにマイナスなので、ハノイのように統一料金の導入をしてほしい。





気を取り直して宿を探す。以前に泊ったことのあるホテルがすぐに見つかったので早速料金交渉した。こちらは非常に良心的なお値段だったし、部屋も気に入ったので宿泊することにした。部屋が気に入り、思わず喜びの舞を舞う女。


一息ついた後、宿近くの屋台で食事。屋台といっても全くの露店で、東南アジアではよく見るプラスチック製のイスに座って、暑い地域特有のとっても薄いビールで乾杯した。